道なき道を、泥臭く。
支えてくれたお客様と共に、次なる夢へ。
特別な才能や突破力があったわけではありません。ただ「どうにかして現状を変えたい」と、誰よりも必死にもがいてきた結果が今に繋がっているだけなんです。その原点は、北里大学のラグビー部時代にあるかもしれません。
当時のチームは弱小で人数も足りず、環境も整っていませんでした。それでも「勝ちたい」という一心で、私は体育会の会長という責任ある立場に就き、なりふり構わず予算や人員を確保するために奔走しました。
周囲からは冷ややかな目で見られることもありましたが、泥臭く頭を下げ、誰よりも動くことでしか道は拓けないと痛感していました。
「格好悪くてもいい。止まらずに動き続けることでしか、道は拓けない」。その時に学んだ愚直な姿勢が、今の私の土台になっています。
大学で海洋生命科学を学ぶ中で出会った「ネイチャーアクアリウム」の衝撃がきっかけでした。水槽という限られた空間の中に、計算された生態系と圧倒的な美しさが共存している。その世界観に触れた瞬間、深く引き込まれました。
私はもともと一つのことに留まるのが得意な方ではありませんでしたが、アクアリウムには「科学的な知識」と「芸術的な感性」の両方が求められます。コンテストへの挑戦や、古代魚と水景の調和の模索など、探求すればするほど新しい発見がある。この奥深さが、私の探究心を刺激し続けているのだと思います。
創業時は本当に苦しい日々でした。資金も底をつき、税金の支払いにも追われ、家族を養うために夜は清掃のアルバイトや介護の夜勤を掛け持ちして食いつなぐような生活でした。
当時は、自分の店で在庫を抱える余裕などありませんでした。それでも商売を続けるために、卸や問屋の方々に頭を下げて協力を仰ぎ、注文が入ってからトリートメントをして出荷するという形を必死で作り上げました。
おかげさまで現在は当時の方法も残しつつ自社倉庫を構えるまでになりましたが、この時に培った「出荷直前まで状態を見極める」というスタイルは、今も変わらず私たちの基本姿勢として息づいています。
そんなギリギリの状況でも、私を信じて熱帯魚を買ってくださるお客様がいました。 「一番苦しかった時代のお客様が、今でも変わらず利用してくれている」。 これほどありがたいことはありません。お客様に生かしてもらったご恩があるからこそ、一匹一匹の命と、お客様の想いを決して裏切れないのです。
一番の理由は、お客様の不安や疑問に寄り添い「その場で解決したい」からです。確認のために保留にしたり、たらい回しにしてしまう時間が、お客様にとって一番のストレスになってしまうと考えています。私が直接お話を伺えば、その場で判断し、解決策をご提案できます。
また、言葉を持たない生き物を扱う現場は、非常に繊細です。小さな変化を見逃さないためには、高い集中力と観察眼が必要になります。だからこそ、スタッフには飼育のプロとして、現場で生き物の声を聞くことに専念してもらいたいのです。
「現場はスタッフが守り、お客様への責任は私が背負う」。互いの役割を尊重し合うこの形が、私たちにとっての最適解だと信じています。
学生時代、テトラやADAのような「メーカー」になる夢を持っていましたが、市場の状況を見て一度は諦めていました。しかし今、AIなどの技術進歩が、その夢に再挑戦する機会を与えてくれています。
私が技術に期待しているのは、多くのアクアリストが抱える「買ってもすぐ死ぬ=金をドブに捨てる」という悲しい感覚を払拭できる可能性です。生き物の価値を人間が決めているとはいえ、そんな言われ方をするのは悔しいじゃないですか。
だからこそ、ブロックチェーン技術を使って、飼育していた経歴そのものを記録として残したい。そうすれば、もし死んでしまっても、その生きた時間や経験は消えず、次の価値(その先の話)へと繋がっていく。「死んで終わりではなく、命の軌跡が積み重なっていく」。そんな優しい世界を技術で実現することこそが、私の目指すこの先の姿です。
益子 公伯(代表取締役)
栃木県出身。北里大学 海洋生命科学部 分子生物学科卒。学生時代はラグビー部主将としてチームの昇格に尽力。30歳で独立。極貧の創業期を経て、現在は自社倉庫を構えながら独自のトリートメント技術で品質を担保する株式会社MASUKOを牽引。「たらい回しをしない」即断即決のスタイルで顧客と向き合う。現在は、AIなどの技術を「一匹一匹の生きた証を残す」ために活用し、人と生き物がより深く繋がれる未来を目指して挑戦を続けている。
